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調査事例(社員勤務実態調査)

社員のサボタージュ(怠業)実態調査の調査実録を公開

企業において、貴重な戦力である社員が傍目からも判るくらいに業績低下のスパイラルに陥ってしまうと、景気がよい時期であれば他の社員によるリカバリーも容易であるが、不景気時には一人一人が他の社員のマイナスをカバーする余裕もなく、逆に負の連鎖反応すら招きかねない事になってしまいます。

其の為に企業は、社員のレベル強化研修や業務上の節目で様々な教育を実施し、社員の新たな能力開発や常日頃の業績向上を図り社員の力量維持に力を注いでいるのです。

しかしながら、そういう環境下にあっても社員のスキルダウンはおきてしまいます。特に営業・販売職に従事する(所謂、外回り営業)社員は、売上げ数字によって業務遂行上の仕事振りが評価されてしまうので、数字が下がれば士気も下がり、上がれば意欲も上がるということになりますが、ここで問題にするケースは長期に低迷している社員や、営業職として最低ランクの数字はこなしているが、いまひとつ仕事振りに身が入っていないように見える社員に対して、長期に業績が上がらない理由を突き止め、貴重な戦力である社員を再び会社の業績回復に寄与させる為、もしくは逆にサボタージュがひどく再生不能の状況が確認されれば、話合いを行い其の上で自主退職を勧告し、その後、経営資源としての新たな人材の確保を図る為に、社員の行動把握及び実態把握調査の有益性を提案するものであります。

ここにご紹介する事例は、建設関連企業からの依頼で1週間の行動調査を実施した結果、ものの見事にそれまで長期に業績低迷していたベテラン社員が、翌々月から一気に業績を回復して会社に収益をもたらしてくれたという実際例です。

調査事例

依頼者

建築資材販売会社社長

調査対象者

創業当時からの大ベテラン社員

調査目的

創業からの社員であるが、役職には就きたくないというのでルート販売専門で営業してきた会社の大黒柱的人物。
10年前までは会社の収益に多大の寄与をしてきたが、ここ数年は売上げ数字が低下する一方で、特にこの2〜3年は営業部門の最下位で、他の社員に示しがつかない状態までに落ち込んでしまっている。
永年頑張ってくれた功労者だが、このままではなんらかの処置をせざるをえないので、朝、会社を出てからの行動を調査して欲しいということであった。

調査期間

週始めの月曜日から金曜日までの連続5日間
(当初は2日間での調査希望でしたが、相談の結果、データとして有効性が認められる日数にしていただいたものです。)

調査時間

朝7時から夕方帰社するまで。
(会社には出たり入ったりするし、直接自宅から現場に直行するケースもある。)

調査料金

基本料金1日(10万円)×5日間

@(特別サービス料金)¥300,000(1日12時間以内、調査員2名) (*本来の正規料金は¥500,000)

*但し調査により、特に怠業に繋がるような行動が判明し、調査の有益性が認められた場合に別途報酬として本来の正規料金との差額を頂く変則な契約形態にさせていただきました。
これはT社長のT氏とは始めての取引であり、当社の調査力をご理解いただくためには、まず調査を請け負わなければ当社の調査力を示すにも何も始まらない為、当社も20万円のリスクを負う事にしたという特別な形を取ったものです。

A(特別報酬)¥200,000     

*上記金額@、Aは税別

B(調査経費)¥ 実費

調査料金合計

  1. 調査に有益性が認められない場合@+B
  2. 調査に有益性が認められる場合@+A+B

* 調査経費は実際の清算額が¥48,500円でした。
(内訳;車両費25,000円・ガソリン代15,867円・端数▲67円  高速料金、5,100円・駐車料金その他雑費1,700円)
(*高速料金は今のETC制度ではありません。)

調査経過と結果

調査1日目

調査着手初日の月曜日はT社の朝礼が7時半からあるということで、取引先へ直行という事はなく8時から調査対象者のD氏の尾行監視態勢に入った。

8時半を少し回った頃、一番先に出て来たD氏は自分専用の営業車に乗り込むと広島市内に向かって走り出した。15分程走行し中区にあるビル建築現場の専用スペースに車を駐車すると、手に50cm位の長さの細長い包みを抱え、脇にある工事現場事務所に入っていった。10分も経たない内に現場事務所から出てきて、再び車に乗ると北方向へと走り出した。

小一時間後、途中いわゆる裏道とか抜け道とか言うような山道を走り“志和”から“東広島市西条”に入り、西条駅の北側にある道路工事の現場事務所に車を着けると、丁度、事務所前にいた50歳絡みの現場監督と思われる人物と立ち話をした後、2階の事務所に連れ立って入っていった。

きっかり20分後D氏は筒状の洋紙を手に現場事務所から出て来たが、事務所の扉を閉めるまで何度も腰を折り笑いながら挨拶を交わしていたので、以前から親しい人物であったか又は新規の発注を貰ったのか何れにせよ良好な営業活動の滑り出しと思われた。

その後、比較的ゆっくりとしたスピードで国道432号線に入り、北方向へと走りはじめた。30分くらいで三原市大和町(当時広島県賀茂郡)にあるレストラン“C”店に入った。5分後調査スタッフが店内に入ると、D氏はその店のオーナーと思われる女性と親しげに会話をかわしていた。会話の内容からD氏がこの店の常連客である事が見て取れる。店内はテーブルが10席あり、平日の11時過ぎだというのにテーブルの半数が客で埋まっていた。

D氏はまずコーヒーを飲みながら、店内に備えられていたスポーツ新聞を丹念に読みふけり次に日経新聞を手にして読み出した。

12時近くになりテーブルが満席になったのを見てとったD氏は自ら立ち上がり、隣の席のこれまた1人でテーブルを占めていた客に相席を申し出て快く受け入れられるや、店の入口付近で満席のため躊躇っていた4人連れの客に声をかけて、自分が座っていたテーブルを明け渡し、新たに自分のランチを注文しながら相席を受け入れてくれた客と声を交わし始めた。常連を感じさせる手馴れた行動と見知らぬ相手にも不快感を覚えさせない手際とフレンドリーなトークは、流石に過去長い間トップセールスマンを維持していただけはあると調査スタッフを唸らせた。

その後D氏は1時間かけて食事をし、午後1時近くにその店を出ると国道486号線を北に向かい、国道375号線に入ってからも止まることなく豊栄町を抜け三和町から三次市に入った。時刻は2時近くになっている。

三次市では市内の中ほどにある総合建築資材販売店と看板を掲げた店舗に入り、ほぼ1時間経った頃に60歳くらいの男性に見送られて出て来た。男性はD氏の車がある駐車場まで同行し別れ際に軽くお互いが手を振って別れた。取引先というよりは旧知の仲という間柄に見えた。
(*調査完了後にT社長に確認したところ取引先ではなく同業他社ではあるが、ゼネコンの下請け業者の懇親会でD氏と親しくなったU社長が経営する会社を訪ねたものであった。訪問目的は営業とは考えられないものの、情報交換と解釈することとした。)

午後3時を少し回った頃、D氏はU社長と別れたあと雲海で有名な高谷山展望台で車を止め、車の中で仮眠を始めました。約40分後、起き出したD氏は倒したシートを元に戻し、車を再びゆっくりと走らせ始めました。時刻は丁度午後4時。

その後、国道54号線を南下し途中のコンビ二店でトイレを済ませた以外は何処にも立ち寄らず、午後6時半過ぎ広島市内の会社に戻りました。T社長にD氏が帰社する直前、今日一日の概略の報告をして調査初日が終わりました。

*翌日、D氏が営業に出た後、昨日のD氏の行動をとりあえず電話でT社長に報告し、昨日のD氏の営業活動がどこまで会社として有益と判断できるのかを尋ねてみました。私達も推測したように、T社長も昨日のD氏の有益と判断できる営業活動は午前10時半頃までで、その後の大和町から三次のU社長訪問は私的な時間つぶしに見えたようです。

三次のU社長訪問活動は仮に情報活動と解釈しても、『U社長には広島の市場情報という生きた情報が入手出来、有益であったとしても我がT社にとっては何ら価値ある最新情報はないはず。』とT社長は言い切られました。『昨日の営業日報には10時半過ぎから三次・庄原方面のゼネコンの現場廻りを4件していた事になっていた。』ともT社長は受話器を通して仰っていました。

8時半から10時半までの2時間が営業活動で、その後帰社するまでの8時間余りが、私的な時間つぶしにみえるようなD氏の初日の行動ぶりでした。

調査2日目

調査2日目、昨日のうちに、「D氏が明日は直接会社に寄らず、島根県の浜田市方面に営業をかける予定で、また経費を節約するため高速道路を使わず、朝6時過ぎには家を出て一般道で浜田に向かう。」と言う業務予定を出しているという情報がT社長からあり、調査2日目は午前6時前からD氏宅周辺で監視態勢に入いりました。

ところがD氏は7時を回っても8時を回っても自宅から出て来る様子がありません。もちろんD氏の使用している専用の営業車は自宅の敷地に駐車してあります。車があることでD氏がまだ在宅している事は間違いないのですが、調査スタッフはD氏が姿を現すまでは気が気ではありません。調査スタッフが着く前に出たと言う可能性が僅かながらもありうるからです。

そんな杞憂に苛まれながら監視を続ける事3時間あまりの午前9時頃、ようやくD氏は家から出て来ました。敷地内にある営業車に乗り込むとおもむろに車が動き出し北方向に走り始めました。国道483号線に入り北上を続け、その後国道186号線で浜田市に向かうルートに入りました。加計町役場を過ぎ、温井ダムにある休憩スペースの無料駐車場で車を留め、車外に出ると腰をのばすように屈伸運動を始めました。時刻は10時半を少し回っていました。

たばこを一服してからトイレを済ませると7~8分くらいの短い休憩の後、再び走り出しました。ゆっくりとした走行で浜田市にある地元のM建設会社に 着いたときは12時目前の11時53分でした。足早に車を降りると、急ぎ足で建物の中へと入って行きました。

12時を少し回った頃、年配で作業服を着込んでいる60歳位の男性と連れ立って出て来ました。二人は談笑しながら5分ばかり歩き、瀟洒な外観の割烹料理店風の店に入りました。こじんまりとしたその店に、間を置いて調査スタッフも入ろうとしたところ、カウンターに7~8人、座敷が3テーブルで既に客で埋まって居り、入ることは出来ませんでした。二人は座敷のテーブルに既に座っていたので、前もって予約をしていたと思われます。

後で確認したところ、座敷席は予約しないと飛び込みでは難しいとの事でしたのでやはり、D氏の今日の訪問は事前のアポイントがあり、昼食を共にしようという予定になっていたと推測されます。

40分後、店から出て来た二人は来たときと同じようにM社まで歩いて戻り会社の中へと入って行きました。長年のお付き合いが感じ取れる二人の様子でした。

30分後、今度はD氏と先ほどの男性だけでなく、男性と同じ年恰好の女性が少し遅れて出て来ました。3人はD氏の車まで一緒に来て、そこで女性がD氏にお土産らしき紙の手提げ袋を渡そうとするとD氏は手を振って、受け取りを固辞している様でしたが、やがて諦めて深々と礼をして受け取り、お互い手を振りながらD氏は車を発進させました。相当深い親交がある取引先を久しぶりに訪れたという印象でした。

M社を出ると車は西方面に走行し始めました。国道9号線を西に約1時間半走り益田市内に入ると、JR益田駅近くの少し古びた2階建ての建物の前に車を留め、H総合建設と看板が架かっている建物の中へと入って行きました。およそ10分も掛からない内に建物から出て来たD氏は再び車に乗り込むと、国道191号線へと入り東方面に走行を始めました。

小1時間ほど走行したところで、“深入山レストハウス”という休憩スポットがあり、そこの駐車場に車を入れ、シートを倒して仮眠態勢に入ったようでした。

約30分後、仮眠を終えたD氏は車をUターンさせて再び国道191号線に戻りました。時刻は午後4時半をさしていました。午後5時前に戸河内町役場を通過し、戸河内インターで高速道路には入らず、そのまま国道と一般道を走行し午後6時過ぎT社に戻り着きました。

D氏が会社に戻る10分くらい前にスタッフから連絡を受け、T社長に本日のD氏の概略報告を行ない、D氏の帰社を確認の後2日目の調査を完了しました。

*翌日、D氏が営業に出た後、待ちかねた様にT社長から連絡が入り、昨日の詳細な報告を求められました。

2日目のD氏の日報は、午前6時半過ぎに自宅を出て途中休憩をした後、午後9時過ぎに江津市内に入り、江津の取引先3件に営業をかけ、その後浜田市内に戻り建設業関連先6社に営業をかけ、昼過ぎ、昔からの取引先であるM建設を訪問しM社長と息子であり専務でもあるI氏と工事部長のY氏の4人で食事をし、約8,000円の食事代をD氏が営業接待として支払い、領収書を添付して経費精算を出していたと言う事でした。

2時過ぎにM建設をでた後D氏は益田市内に入り、H総合建設他3社とS病院の大手ゼネコンの現場1ヶ所を訪問し営業をかけ、午後4時半頃営業活動を終えて広島に向かい6時過ぎ帰社したと言う報告であったようです。

事実は先に述べたように部分的には合致している所もありますが、大部分は虚偽的な報告になっています。M社への訪問が純粋に営業活動であればまだ評価は出来るかもしれませんが、実際にはM社長との旧交を温めただけとも取れます。D氏が同席しなかったI専務とY工事部長が同席したように取り繕った事は、単に飲食単価を下げると言うより営業的に効果がある活動を強調しているようにみえます。

ただしM社長との親交を深める事はトップダウンの営業効果を期待するに大きな意味もあり、一概に旧交を温めただけと否定は出来ないのが営業活動でもあります。その判断はT社長が下せるものです。

D氏の営業日報と調査事実との差異事項

  1. 直行時刻    ;本人の日報では午前6時半→調査事実では午前9時過ぎ
  2. 営業訪問件数 ;本人の日報では3都市14社+1現場→調査事実では2都市2社
  3. M建設での営業;本人の日報ではM社長・I専務・Y部長の3名と会食面談
                 →調査事実ではM社長とだけの会食

2日目の調査も怠業とまでは看做せないものの、D氏のキャリアと実績を照らし合わせる と、勤務上怠慢とそしりを受けざるを得ないものと思われる。

調査3日目、調査4日目

調査3日目と4日目に関しては、調査初日とほぼ同様の営業活動(1〜2社の取引先を廻るのみで営業効果はほとんど期待されず、その他の時間は時間つぶしと看做される行動)で有った為、ここでは詳細記述は省略致します。

調査5日目(最終日の金曜日)

前日、D氏の今日の営業予定が朝6時からの直行で2日目と同じく浜田・江津方面とあるとのT社長からの連絡で、調査スタッフは朝6時前からD氏自宅周辺にて監視態勢に入っていた。

ところがD氏が自宅から出て来たのはなんと11時に近い10時55分でした。自宅から真っ直ぐ高速道路に向かい、広島五日市インターから高速道路に入り、途中の寒曳山パーキングエリアでたばこ休憩とトイレ済ませ約10分の休憩の後、浜田インターで降りるまで1時間半という、ゆったりとした運転で浜田市内に入りました。その為、時刻は1時近くになっていました。

お昼時になったせいかD氏は、浜田漁港にある魚センターにそのまま向かい、センターの2階レストランで昼食を摂り、食べ終わると階下の魚センターで何種類かの魚を買い、店で発泡スチロールの箱に魚を梱包してもらい車に戻ると、国道9号線を東向きに走行し、夏のシーズンは海水浴でにぎわう国分海岸に入り、海岸近くの林の中にある駐車場で車を留め、日課と化した仮眠を取りはじめました。仮眠は何時ものように40分あまりで、起きた時には時刻はすでに3時半を回っていました。

結局この日ついにD氏は調査を開始して初めて営業活動は全くせず完全な怠業をしてしまいました。

その後、国分海岸を後にしてまっすぐ浜田インターから高速道路の浜田道に入り、途中休憩することなく五日市インターで降りそのまま自宅に戻りました。その時、時刻は5時半を少し過ぎていましたが、約1時間後、家から出て来ると会社方向に車を走らせ午後7時前に会社に戻って行きました。

何時ものようにD氏が会社に戻る10分くらい前にT社長に本日の概略報告を入れるのですが、最終日の概略報告はさすがに有りのままの報告がしづらいものとなってしまいました。

しかし事実は事実でしかなく『本日、Dさんは全く営業活動を行わず、完全に怠業の状態でした。詳細は予定通り来週の火曜日に報告書とビデオ映像により行いますので宜しくお願いします。』と、余り詳しい説明を避け、もう少し詳しい説明が聞きたそうなT社長には申し訳ない形でしたが、単に調査の外観的事実を羅列するだけでは、誤った印象を先付けで与えて仕舞いかねないので、5日間の調査を詳細に検討し、調査結果から出て来た事実を元に当社としての提案をまとめてから報告したいという思いで、そういう報告をさせていただきました。

T社長への報告

後日、当社でT社長に詳細な報告をいたしました。
5日間の尾行時に撮影したビデを映像を見ていただきながら、5日間の分厚い写真入り報告書を元に、詳しく場面を振り返りながら検討を加えていきました。
T社長の感想もあり、私達がまとめた提案に多少の修正を加えた結果として、

  1. D氏がT社にこれまでもたらした貢献度は、昨今の営業不振で相殺されるものではなく、また今回の調査結果で明らかになった怠業事実があったとしても、他社に営業の成果を売り別途収入を得ているという悪質性はなく、単に仕事に打ち込めないという怠業形態であり、それにより今まで蓄積された貢献度が打ち消されるものではない。
  2. D氏を解雇する方向で話し合いする事はT社内にマイナス要因しかもたらさず、リストラによる経営改善など空論でしか有り得ない。それよりはD氏の営業力の復活に企業努力をなすべきであり、社内にも総合的にプラス効果をもたらす可能性がある。
  3. D氏には、調査会社に依頼したという事実とその調査によりD氏の怠業事実が明らかになったという事を伝え、そのうえでD氏が今の怠業の日常を改善し、復活の努力をすることを会社としてT社長個人としても期待している事を明確に伝える。会社としてはD氏が辞職する事ではなく、復活して欲しい事がすべてであり、D氏に今一度、若い社員たちの手本となって欲しいというT社長の意志を明確に伝えたい。
  4. 但し、怠業の事実も打ち消されるものでない為、D氏には今後2ヶ月は現在の固定報酬を支給するが、3ヵ月後からは1年間「固定給+成績給」という給与システムに変更することに同意をいただく。
  5. 『固定給』は従来の固定報酬の70%とし『成績給』は会社の営業平均売上げ額を基準ラインとし、そのラインを超える金額ごとに細かく成績加給額を算定する。D氏の営業成績が大きく落ち込む以前の数字に戻れば、現在の固定報酬を上回る設定にし、D氏の意欲を削ぐことがないように配慮する。
    また、D氏が以前のトップセールスの位置に戻れば、現在の固定報酬の150%になるような設定であることも併せてつたえる。これは、D氏状況をみて有効と判断できれば全営業社員に新給与システム導入を図るトライアルであり、その是非をD氏に託すものであることをD氏に理解を得たい。

あとがき

T社長に対する調査報告後、上述の修正提案をT社長に行い、T社長は大枠で受け入れていただきました。

「固定給」・「成績給」に関する具体的な数字はD氏にはかなり不利な数字で実施されたそうです。それはD氏自ら望んで修正され、D氏は自分に甘えをなくす為、またT社長の温情に応えたいと、身を削って新たな環境に自分を置きたいと申し出た結果だそうです。

その後は見るからに見違えたD氏の働き振りがあったそうです。
猶予期間の次々月から、D氏は元の固定報酬からダウンすることなく、3ヵ月後は従来給与よりアップした給与となる営業実績を出し、元のD氏に近い働き振りが復活し、D氏も生き生きと若手営業マンを指導するまでになったということでした。

怠業調査で得た調査結果がこんなにも劇的に効果を表わした例はありません。
しかし間違いない成功事例ですので、事例として紹介させていただきました。

ただ、企業にとって社員の怠業は効率ダウンに留まらず「悪貨は良貨を駆逐する」ということも事実です。怠業の証明が即解雇とはできません。事実を掴むことでその社員の再教育や配置転換、または会社の就業規則の改定を行い、以後、怠業の事実が証明された社員が自主的に退職できるように対応策を考える事も現在の景気状態では企業防衛策として有効なことであると考えます。